紙風船よ空を翔べ

思い思いの色を重ねて

すきだった、にかえるおもい

 

9人が8人になって1年が経つ前に8人は7人になりました。

なにかが変わったか、というと何も変わっていません。

7人はグループとして、1人は拡い世界求め輝いていたいという自分の思いを胸に、それぞれの道を歩み始めています。

 以前の記事にも書いていますが、私は兄組という4人が好きでした。

317dn.hatenablog.jp

だからこそ3人が揃うとどうしても影を探してしまいます。

不思議ちゃんのこともしっかり理解してて、美容室は初回クーポンを使いまくるようなけちで、長瀬くんにあこがれてて、みんなのオフショに写りこみまくって、笑わせて、自分もいつもにこにこ笑顔で、屋台骨のようだけれど自由でどこか飄々としていた最年長のことを。

 

 

 

 

仲間が彼の話をできる、いま。

こちら側がぐだぐだと言い続けても仕方のない事なのは分かってるつもりです

それでもすきなことには変わりがないから。きらきらしたまま消えてしまった思い出の続きを、すきだったと笑って話せるその日までもう少しだけ楽しませてください。

 

 

 

 

 

仲田拡輝くん、お疲れさまでした。ありがとう。

あいとかにほんとか

 

未だにひきずってるのは私だけなんじゃないか、と思いつつこの話をさせてください。

 

あい(らぶとぅん)とかにほん(とらじゃ)とか

 

 

(一個人による主観のお話です。長いです。)

 

 

 

わたしはJR.Aがすごくすごくすきでした。もちろん美勇人がいて、美勇人が楽しそうにダンスをしてたから(と言っても田舎の貧乏学生だったわたしは当時を画面越しでしか見てません)というのが大きな要因であることは間違いないです。なんだかでこぼこだけどたのしそうな4人だなってぼんやりとおもってました。

 

そこに新しく弟たちが増えてTravis Japanができました。4人はそのまま兄組と呼ばれるようになって今に至ります。

4人がとらじゃになって、とらじゃもすきになりました。それでもわたしが兄組をすきなことは変わらなかったので、雑誌で弟組だけがとらじゃとして載っていて、なんで!?と勝手に悔しく思っていたこともあります。始まりの4人がいないままとらじゃを名乗ることがわたしには理解ができなかった。今ではなんとなくわかりますけどね。

 

プレゾンによって結成されたとらじゃはプレゾンが終わった今もとらじゃとして活動しています。

なんならプレゾンがあった頃よりもとらじゃとしてのお仕事は増えてます。これは東にグループがたくさん出来てグループ毎のお仕事が増えたのと、みんながある程度の年齢に達してお仕事に時間が割けるようになったからだとおもいます。

そして、このグループ戦国時代のなかでとらじゃは大きな変化がありました。ひとつは、美勇人が掛け持ちになったこと、もうひとつは、あらんちゃんが抜けたこと。

 

ひとつめの美勇人の件はまあ元々色んな所に出て括られていたのである程度の流れはできてました。謎とかさなじいばんど(らぶ結成前)とかね。

ただ、らぶができたことでデビューという明確な目標を口にしたみゅうとがとらじゃのすべてを物語っているのでは、そう思ってしまいました。

 

それは、ふたつ目のあらんちゃんのとらじゃ脱退も同じ。同じグループにいるみゅうとが掛け持ち可能ならば学校の有無があるとはいえあらんちゃんも出来なくはないはずです。

あらんちゃんのあの圧倒的な華はどのグループにいたとしても強みです。デビューしたいとはっきり言い切ったっておかしくない、できると思わされるくらいの強み。でも、とらじゃにいたころはあまりデビューということを口にしていなかったのはとらじゃというグループがデビューを目指す場所にいなかった。だからあらんちゃんはらぶをえらんだのかな、と。

 

最近ようやくダンスだけではなく歌うことも増えましたけどやっぱりとらじゃってダンス特化のグループで舞台で育ったグループなんです。

わたしはさっきも書いたように兄組がすきです。もちろんしずもみやちもうみもかじもあらんちゃんもすきです。でもやっぱり兄組がすきなんです。だから、去年、ヒロキが優馬の舞台、のえしめがえび座というお仕事をもらっていたところでもうとらじゃにこだわる必要はないんじゃないか、と思いました。それぞれがそれぞれとして呼んでもらえるくらいの力があるのなら、こんな大所帯なグループに拘らないほうが幅が広がるはずだから。ヒロキならひとりでも舞台の世界を渡り歩いていけるだろうし、のえしめは歌えて踊れてビジュアルもいいのでふたりでも無所と一緒に新しいグループでもいいのでは?なんて。

こうなるくらいならプレゾンが終わってしまったところでとらじゃも終わりにしてくれればよかったのに、とまでおもいました。

 

もともと踊ってる美勇人が好きだったわたしはらぶ否定派でした。それくらいとらじゃで絶対エースな美勇人が好きだった。でも夏のEXではらぶでいるべきだともおもいました。それは、らぶはみんなが同じデビューという方向を向いているようにみえたから。もちろん一番新しくできてギラギラしているというのもあるかもしれないですけど

でもそれならとらじゃだって新体制になって活動が増えているこのタイミングで目指すべきところを定めていたっておかしくないですよね。

きっかけはあったのにそれをみすみす逃してしまっている今のとらじゃは空回りしている、先が全く見えないグループなように思えてなりません。

デビューを目指すならそれを口にしてほしいし、違うなら違うなりの目標を掲げていくべきだし、それができないならもうかけもちなんてしないほうがいい。

 

 

以上。

ひきずりつつかけもちについて最近思ったことでした。

 

 

 

 

 

最期までお読みいただいてありがとうございました。

冒頭にも書きましたが一個人の主観による偏りまくった意見です。そのことをご理解の上お読みいただけたら幸いです。

 

 

 

クリエに行った後にも、少し。

行ってきました。シアタークリエ。



行く前にこんなことを言ってたからなのかなんなのかはわからないけど人数云々の部分はすんなり受け入れたまま帰ってきました。

というか、

改めて、

美勇人が笑っていられる場所があるのなら、そこはどこだろうと、誰の隣だろうと、本人が選んだ場所なんだろうなあ

と、再確認をして帰ってきました。


いろーんな人にこの人は自担の隣に、近くにいてほしいってそう思わせることが出来るぐらいの魅力があるところが大好きだし、それを知っていながら今の居場所を選んで進んでいるんだろうなと思わせる聡いところも好き。そしてこの人はきっと今の場所に甘んじる気もないんだろうと思う。

だからこそ、今のうちにこの靄を晴らしておかないと。ここから先を見られないのは悔しすぎるから。どこにいようと、そこに居場所を作ったのなら、それを受け入れるだけの強さと柔らかさを持っていたいから。


結局のところ全てこの2つに集約されていて。

なので、誰の隣であろうと、美勇人が笑って輝いていられる未来があればいいな、と思います。

クリエに行く前に少し。

(主観に主観を重ねてますのでご注意ください。)




幸いなことにお声掛け頂いて、行けることが決まってからずーーっと考えてたこと。なんなら、ポスターが出た時から。名前がついたときから。

お友達が喜んでるのを見ながら羨ましいなあ、と正直思った。私は、手放しでおめでとう!とは言えなかった。去年の半ば辺りからようやく大きな波に乗り始めてるのに、ここで水を差すようなことをしてほしくなかった。そのくらいあの中でセンターを張って、笑って、生き生き踊るところが大好きだった。過去形じゃおかしいかな。今でも大好き。もちろんそれはダンスが武器だと言ってることや、その武器に惚れたからということが大きい。それだけじゃダメだと本人が語るものも読んだ。けれど、やっぱり私の中で美勇人は踊る人であって、踊れる人なのだ。ベーシスト森田美勇人である以前に、ダンサー森田美勇人なのだ。それが閉じ込められてしまうくらいならいらない。



そんな思いが少し変わったのは、つい先日のABC-Zのラジオにゲストで出演させていただいた時の言葉。

『(悔しかったのは)後から入ってきたジュニアにデビューされたこと、それをバネに頑張ってる』
『(Love-tuneというユニットができて)嬉しかった』

そして


『デビューがしたい』


美勇人がはっきりとそう言い切った。ここ数年の私の記憶にはない。 みんなが目指している目標であり、改めて口にする程ではなかったのかもしれない。それでも、こうやって本人の口から本人の言葉で聞くとずしりと意味のある重さを持った。
悔しかったという思いは今回が初出とのことだったが、後輩のはずの子たちのデビューはもう五年前のことだ。そこからずっと持ち続けていた悔しさは美勇人をどこまでも上へと飛び上がらせる強さを持ったものだろう。


そう思うと、いらないなんて言っちゃいけない。どこにいようと、どんな形になっていようと、この人を追いかけたいと思った最初の気持ち。その場所に甘んじることなく進み続ける人だと感じたこと。それを忘れてはいけない。



森田美勇人に、現状維持は似合わない。

絶賛、ココロ迷子中。

自担、担当。


これは、自分はこの人を応援しますという意思表示的な記号であって、決して縛られるものではない、と思う。それでもこの言葉に縛られてる自分がいる。頭と心がばらばらな現状。


応援したくなくなったわけじゃない、応援し続けたい気持ちはずっと持ってる。それでもどこかで人と比べてしまってる悪いクセがひょっこりと顔を出した。これでいいのかな、なんて応援されてる側からしたらどうでもいいこと。そんなどうでもいいことで一喜一憂してしまってる自分にため息しか出てこない。


個人的に、担当っていう言葉で括るのはあまり好きじゃない。わかりやすくする為に使ってはいるけど、担当っていったって応援の仕方は人それぞれだから、担当という言葉は一つの基準には成り得ない。それでもきっと担当と言うからにはみんな何かしらのことを考えながら自分の好きな人をそう決めているのだろうと思う。気になるから、同じ夢を追いかけたいから、かっこいいから。100人いれば100通りの担当の決め方。みんなが何を思って今の人を担当ですとしているのか、ちょっと気になる。


結局言葉に縛られてこんなことを書いてるけど、言葉にすることで再確認してるところもあるったりするのかなあ、なんて。
そう考えたら自分の中で担当ということは、応援先を再確認するためのものなのかもしれない。


わかんないな~~~~自分がわからない。



絶賛ココロ迷子中。目的地はきっとない。

もくひょうのことば。

好きを言葉にすること、
嫌いを言葉にすること、


なにかを、言葉にすること


好きを言葉にすることはたのしい。
それをみて誰かがまた好きになってくれるともっと楽しい。
でも、自分の好きを明確にはっきりと言葉にすることの難しさをいま、痛感している。
ただ漠然と

"すき"

それだけでいいのならば何だっていえる。
でも、その理由は?なぜ?どうして?きっかけは?突き詰めると自分が好きなのかわからなくなる。むしろ嫌いなんじゃないかって思えてくる。そう思ってる自分も嫌になってくる。考えるのをやめる。一旦眠ってみよう。一晩漬けると味は変わるものだ。起きる。考える。やっぱり好きなものは好き。考えすぎたって結局は好きだ。好きがないと原動力にならない。



嫌いを言葉にするのはくるしい。
嫌いを通して誰かが見えるから。ごめんなさいってしながら嫌いを言葉にする。それでも嫌いを伝えなければいけない時もある。それならばより好きを伝えれるようになりたい。嫌いなものより好きなものがあるんです。だからこれは一番にはならないんです。そのほうが心は軽い。嫌いを増やすと体まで重くなる。


言葉にすると変化が起こる。
嫌いと言ったらもっと嫌いに、好きと言ったらもっと好きに。
言霊を信じて言葉にする。

後ろ向きは言葉にしない。

キラキラの世界は

なんとなくでブロク開設したのはキラキラの世界ははぎみゅちゃんのためにあるんだなんていうツイートをしたから。自分の中のはぎみゅちゃんを書き残しておきたかったから。近いようで遠い萩ちゃんと美勇人くんっていう世界。真逆なようでお互いをちゃんと確立させてる世界。それがはぎみゅの世界だなって。勝手に。笑



ひぷほで一緒だったときはバンドしたい萩ちゃんに対してタンバリンだのカスタネットだの言ってた美勇人くん(と樹)も今ではしっかりベーシスト森田美勇人。萩ちゃんの作った曲を練習してるだなんて聞いたらいつどこで聴かせてくれるんだろうとわくわくするしかないじゃない。


ドラマーとベーシスト。同じ空間に立つことが出来る限られた人たち。
美勇人くん、と慕ってた萩ちゃんもいつの間にか対等になってお互いができる部分を補って。
シンメと言われたらそれは違うけど、不思議とでこぼこのピースがぴったりはまる色のないジグソーパズルみたい。完成したら色付けは安井くんかな。そうやってはぎやすみゅっていう形ができる。そこにもろちゃんとか、さなぴとか、はたまた半増とか。また色を重ねてその時々で表情を変える。お兄ちゃんたちに恵まれた二人。それがわたしのなかのはぎみゅ。